吉本系フェンシング王子にみたマイナーメジャーのたくましさ(北京五輪雑感2)

 来年3月に開催される野球の国際大会ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)でも、星野仙一氏は日本チームの代表監督を務めるつもりなのだろうか。北京で星野ジャパンを取材した人たちは「雰囲気がよくなかった」と口をそろえており、どうも監督と選手のコミュニケーションにぎくしゃくしたところがあったみたいで、本当に星野監督で大丈夫なのだろうか。報道によれば千葉ロッテマリーンズ監督のボビー・バレンタイン氏が代表監督就任に意欲を見せているそうだし、次はぜひ適任を選んでほしいですね(それでもやはり星野監督しかいないというのなら、それで仕方がないです)。

 それはさておき(どうも野球のことになるとあれこれ書いてしまうんですよね)、先日、野球とはまさに対称的な、国内ではまったく恵まれていないと言っていいスポーツの代表格フェンシングで日本史上初の銀メダルを獲得した太田雄貴さんと番組でご一緒し、食事を一緒にする機会を得た。以前、400mハードルの為末大選手とトークセッションでご一緒したときにも感じたのだが、ふだんあまり注目されることのない「どマイナーなスポーツ」(太田さん談)の選手たちは、本当にいろんなことを考えているし、たくましいと思う。

 ご存知のようにフェンシングにはエペ、サーブル、フルーレの3つの種目がある(エペは体全体が有効面で、手が長く背の高い欧米の選手が有利だと言われる。サーブルは上半身、フルーレは胸や頭、背中など剣で突かれたら致命傷になる場所が有効面)。今回、日本チームは、国内では最も盛んで、もしかしたらメダルが取れるかもしれないフルーレに強化資金を集中的に注ぎ込み北京五輪に臨んだという。

 ところがフルーレの選手たちは次々に敗退してしまう。とうとう太田選手一人が頼みの綱となり、周囲から大変なプレッシャーが降り注いだ。「『太田、お前がメダル取れんかったら、エペやサーブルにあまり資金を割り振らなかった我々は責任取らなあかん。絶対に勝てよ』。もうずっとそんなことを言われ続けるんですよ。ヘッドフォンして耳塞ぎました」「それにしても僕、1点差で勝った試合が2試合もあるんです。まさに紙一重、いま思い返してもぞっとします」

 そんな太田選手だが、北京からの帰路はこれまで通りエコノミーだったという。「コーチのチケットをみたら、なんとビジネスなんです。それですねた顔していたら『雄貴、変わろうか』。僕、本気ですねてしまいましたから『いいです』って断りました」。ただし、これまでの海外遠征と違うのは、成田から京成電鉄の(スカイライナーではなくて)特急を使ってのろのろ帰ってきたのが、自宅近くまでリムジンをつけてくれたこと。「何人かで車に相乗りさせてらったんですが、こんなぜいたくな経験初めてで、本当に嬉しかった」

 ちなみに星野ジャパンの選手たちは全員ビジネスで、北京での宿舎も選手村ではなく三つ星のホテルだった。まあ、それだけお金があるということだけれど、やはり世界と戦ううえではあまりにも恵まれすぎていたのではないか、と言いたくなってしまう(それもこれも負けてしまったからで、勝てばなんとも思わないんですけれどね)。

 「成田を発つときに2人しかいなかった報道関係者が、帰ってきたときには200人に増えていました。取材も殺到して、人生が変わってしまった感じがして…。でも調子に乗らんようにしようと思っています。しょせんは『どマイナーなスポーツ』ですから、地道にやってマイナーメジャーでいこうと」。フェンシング王子というより、吉本系という感じでした。これからも“どマイナー”の強さを発揮し続けてほしいですね。