おもしろいおじさんたちはどこに行った――夏の夕暮れ時、神宮球場で飲むビールって…

 いきなりとっぴなことを言い出しますが、最近、おもしろいおじさんを見なくなってしまったと思いませんか。

 おもしろいおじさんというのは、例えばアホなことを言って子供たちを笑わせてくれる親戚の叔父さんとか、いつもなんだか嬉しそうな顔をして商店街のお店を冷やかして回り、飲み屋ではけっこう人気者だったりするしもた屋の親父さんといった、いわゆる勝ち組でもエリートでもないけれど、おもしろおかしく幸せそうに生きているおとなたちのことである。

 みんなが知っている人を挙げれば、映画『男はつらいよ』のフーテンの寅こと車寅次郎なんてそんな感じですよね。寅さん本人にしてみれば「毎度毎度かなわぬ恋心をマドンナに抱くのもつらいものよ」と言いたくなるかもしれない。でも端で見ているとやはり楽しそうである(若者による通り魔的な殺傷事件や父母殺人が最近増えている理由の1つに、おもしろいおじさんが周りにいなくなってしまったこともあるのではないだろうか。社会的に成功しなくだって裕福にならなくたっておとなになるのはそれなりに楽しいことなんだと納得させてくれる人がいないのは、若者にとってかなりきついことだと思う)。

 とういうわけで、おもしろいおじさんをしばらく見ないなと思っていたら、なんとこれがいたんですね。どこにいたかというと、神宮球場です。東京ヤクルトスワローズ横浜ベイスターズ――すでに消化試合と言いたくなるような地味なカードに駆けつけ、史上最低レベルの勝率で最下位に低迷する横浜ベイスターズを熱心に応援する人たち(僕もその1人)のなかに何人もいたのだ。


 よく晴れた土曜日の夕刻、神宮球場の三塁側内野席には観客はまばらだった。僕は妻とともに、ベイスターズの選手たちによる試合開始直前のゆるーい練習を眺めながらビールを飲んでいた。さわやかな風がときおり頬を撫で、センターポールに掲たペナントを揺らす。

 やがて観客席が少しずつ埋まり始めた。Tシャツに「目指せ日本一」と染め抜いた五十代とおぼしき太ったおじさん、ベイスターズのユニフォームを着た年齢不詳のおじさん、なぜかメガホンを二つも三つも持ったはっぴ姿のご老人……休日だから当然だが、みんなすごく暇そうである。

 午後6時、プレイボール。ベイスターズがいきなり得点をたたき出し白熱した展開となったが、試合それ自体よりもディープなおじさんたちの野次や応援の声に引き込まれてしまった。

 ベテランの佐伯貴弘選手が打席に入ると「俺のサエキー!」「俺のサエキー!」と合唱する。むくつけきおじさんたちに「俺のサエキー」などと言われたら、佐伯選手だって怯んでしまうのではないかと思うけれど、この合唱にはけっこう笑えた。中盤、ホームランダービーで上位につけている藤田一也選手が打席に入ったときには「フジター、俺にホームランを見せてくれ」と1人が言ったとたん、「俺にもホームランを見せてくれ」「俺にもだあ」と後に続く。これもなんだかおかしい。そしてベイスターズが得点するとこれ以上の喜びはないとばかりに飛び上がり、手を叩き、満足げにビールを飲みながらたこ焼きなどをつつくのだ。本当に楽しそうで、幸せそうで、僕が子供のころに接したおもしろいおじさんたちをまさにほうふつとさせる。でもこの人たちはふだんはいったいどこでなにをしているのだろう。


 それはそれとして、神宮球場っていいですね。建物にはそれなりに趣があるし、オープンエアの解放感がうれしいし、なによりもビールがおいしい(それに比べると屋根のある東京ドームって息苦しい感じがしませんか)。というわけでこの夏、またプロ野球観戦に出かけようと思います。それもできる限り消化試合っぽい地味なカードを選んで。