「地頭がいい」とかよく言うけれど… 仕事に本当に必要な考える力とは

 気がつけば4月も中旬、今年に入ってすでに100日強が過ぎてしまった。年をとると月日のたつのが速くて、本当に困ったものですね。

 それはさておき、先日、週刊誌の記者から取材を受けた。いまビジネスの現場では「地頭(じあたま)」の重要性がしきりに強調されるようになっていて、「地頭を鍛える」という本が売れたりしている。その背景には何があるのか解説してほしいと言う。

 地頭は、知識の多寡ではない基本的な「考える力」「問題解決力」を意味する言葉としてコンサルタントがよく使っていたので、昔から知ってはいた。「彼は地頭がいいね」なんて彼らは言うわけですね。そんなとき「地頭」なんて言わずにただ「頭がいい」と言えばいいのにと違和感を覚えたものだけれど、いまやより広範な人たちがこの言葉を使うようになったとのことである。


 で、こんなふうに答えました。背景にあるのは、企業を取り巻く環境変化のスピードがますます速まってきたことだろう。情報化やグローバル化の進展で、消費者ニーズや競争条件などが本当にあっという間に変わるようになってしまった。そんな状況ではトップダウン型の意志決定だけでは企業は生き残れない。トップが変化の方向を見極めて100点満点の経営戦略をつくり、具体的な戦術に落としこんでで現場に指示を与えていたのでは、もはや変化のスピードについていかれないからだ。
 この結果、変化の兆しを察知し、変化の方向性を見極めて適切な手を打つ問題解決力が現場の社員に求められるようになった。そこから地頭を鍛えようという発想が出てきたのだろう──。


 でも仕事における考える力や問題解決力は、もって生まれた頭のよさとは違う気がする。それらはやはり経験値の高さや知識の深さ、考え抜こうというモチベーションが支えているのではないだろうか。そうでないと、僕なんか立つ瀬がないですからね(自慢するわけでないけれど、僕はそれほど頭が切れるほうではない。新しい事態に立ち至ったとき、頭ではなく体でぶつかってみてようやく理解するタイプである。だから雑誌編集の仕事も、小説の仕事も、そのようにして身につけていくしかなかった)。

 地頭という言葉への違和感は、そこからきているのだと思う。なんだか今日は硬い話になってしまいましたが……。