「いらないでございます」と答えてしまった僕  うまく伝わる話し方とは(その1)

 夕刻、退社する直前にメールをチェックしてみたら、営業担当の人からうれしい依頼が入っていた。「一昨年から昨年にかけて発刊した『実践 仕事ができる人の話し方』などのアソシエ別冊ムックのフェアを都内の大型書店で開催するので、前編集長としてぜひ店内に掲示するPOP広告のためのコメントを寄せてほしい」と言うのだ。

 もちろんすぐに「了解しました」とメールを返す。『実践 仕事ができる人の話し方』などの別冊ムックは、表紙ひとつ決めるのにも20〜30パターンのビジュアルイメージを検討したくらいこだわって作ったのでとても愛着がある。発売したシリーズ6タイトルはどれも実売部数が10万部前後に達しているが、フェアを開催してくれればもっと多くの人に読んでもらえるに違いない。もしかしたら6タイトル合計で100万部も夢ではないかもしれない(おめでたいですね)。

 というわけで帰宅途中ずっとコメントを考え続ける。正攻法で内容を紹介するか、編集の裏話を披露するか、気の利いたキーワードを考えるか……あれこれ考えつつ、川口駅にほど近い中華料理店に入り餃子定食を頼もうとしたら、「餃子シリーズ」と言ってしまった。
「は?」
 店員がうろんな顔で僕を見る。
「あ、いや、餃子定食」
「お飲み物はいかがなさいますか」
「いらないでございます」
「は?」
「あ、いや、いらないです」

 もう恥ずかしくて涙が出そうである。とても自分が「実践 仕事ができる人の話し方」を編集した人間だとは信じられない。

 そうなのだ。僕は根を詰めて原稿を書いていたり、考えごとに集中していたりすると頭の回路が何というか「開放型」から「閉鎖型」に切り替わり、人とうまくコミュニケーションをとれなくなってしまうのだ。かつて自宅にかかってきた電話に「はい、アソシエ編集部です」なんて出てたことがあった。原稿を書いていて気分転換がてら1階のロビーまで夕刊を取りに行き、すれ違ったマンションの住人に「こんにちは」と言おうとして「ごちそうさま」と言ってしまったこともある。

 結局、僕にとっての「実践 仕事ができる人の話し方」の第一歩は、意識を自分ではなく相手に向けることにあるということですね。すなわち、まずは頭を切り換えて、相手が何を聞きたいのか、何を知りたいのかをきちんと把握する。さらに話している間も相手の反応に注意を払い、話の内容や話し方にフィードバックする。

 いや、これはなにも僕にとってだけの第一歩ではなくて、万人にとっての第一歩かもしれませんね。気晴らしの雑談とは違い、仕事での会話はまさに相手ありきなのだから。そう言えば、マネックス証券CEOの松本大さんは講演では最初に聴衆から質問を募り、どんな話を聞きたがっているのかをざっと確かめてから話し始めるそうである。

 ところで皆さんには「こんにちは」と言おうとして「ごちそうさま」なんて言ってしまったようなこと、ありませんか?