現代版『時そば』?――悪質個人タクシー運転手の釣り銭詐欺にご用心

 以下は知人のアナウンサーから聞いた話である。彼は神宮前から乗ったタクシーでどうやら悪質な釣り銭詐欺に遭ったらしく、1万円を奪われてしまった。この運転手はいまだに都内を流しているはずなので、皆さんもくれぐれもご注意ください。
 某日夜、彼――Aさんは後輩の女子アナウンサーと酒を飲み、終電を逃してしまったので午後12時(午前0時)過ぎに神宮前でタクシーを拾い、女子アナウンサーとともに乗り込んだ。Aさん曰く、「終電を逃したのは意図したものではないです。後輩の女の子? もちろんちゃんと送りましたよ。家に上がり込んでもいません」

 女子アナウンサーが下りた後、運転手は気さくにAさんに話しかけてきた。「●●●(テレビ局の名前)のアナウンサーの方ですよね。よく見ていますよ。テレビと言えば、みの(もんた)さん、一回の飲み会で何十万も使うってホントですか」。年齢はおよそ40代半ばで、怪しい雰囲気はまったくなかったという。

 やがてタクシーはAさんの自宅前についた。料金は7450円。Aさんは1万円をコンソールボックスの上に置いた。するとタクシーの運転手が言う。「お客さん、細かいのありませんか」。Aさんは「ちょっと待ってください」と言い、財布の中身を調べてみた。450円分の小銭はなかった。
「すみません。細かいの無いので、それでおつりください」
「お客さん、7450円ですよ」
「え?」
 Aさんが見ると、コンソールボックスの上にあるのは1000円札だった。
 おかしいな、さっき1万円を出したはずだけれどな、と思いつつもAさんは言われるままに1万円札を出し、釣り銭と領収書を受け取った。

 Aさんはどうしても釈然としなかった。遅くまで飲んで酔っているとはいえ、1万円と1000円を間違えるだろうか。やはり1万円を出したのではないか。それに7010円とか7020円ならともかく、7450円という金額で「細かいのありますか」と聞くだろうか。450円は端数とは言えないのではないか。

 Aさんは領収書を出してみた。個人タクシーだが、ちょうど電話番号の頭のところで切れていて数字がわからず、また日付の下に印字されている車番が000000になっている。そう言えば白い車体の屋根についているぼんぼりは、これまで見たことがない球体の形をしていた。もしかしたら、1万円をだまし取られてしまったのではないか。

 Aさんは東京タクシーセンターに電話を入れ、個人タクシーの名前を告げて問い合わせてみた。するとそのタクシーについて、ほかにもクレームが寄せられているという。Aさんは続いて東京陸運局に電話を入れて事情を伝えた。被害届が出されているかなど陸運局で調べてくれることになったという。Aさんはいまその連絡を待っているところである。「まったく悪びれるところがなくて、ごく自然なんですよね。でも間違いなく、意図的だったと思います」

 もしAさんの言うとおり意図的だったとしたら、まさに現代版時そばという感じである。

協調性がさらに失われたような……ランニングが僕の心に与えたプラスとマイナスの影響とは

 相変わらず蒸し暑い日が続いているけれど、お体には変わりはありませんか。僕はちょっと疲れ気味です。


 でも夏バテとかそういうのではなくて、夏の間、かなり真剣にランニングに取り組んだせいで足に疲労が蓄積してしまい、朝、走り出してしばらくは体が重くて仕方がないのだ。20、30分ほど走ると次第に足取りが軽やかになってくれるのだが、10kmを超えたあたりから再び重くなり、ジョギングシューズを履いた足がアスファルトの地面にズブズブとめりこんでいくような錯覚にとらわれてしまう。

 9月はレースシーズンの到来に備えて30km程度の長い距離を走ったり、インターバルトレーニングを試みたりしようかななどと考えていた。でもその前に積極的に休みを取り入れた方がいいかもしれない。ちなみに8月の走行距離は約250kmで、週4回以上のペースで走るようになった昨年10月からの累計走行距離は約2000km。ピーク時の月間走行距離が1000kmを超えるエリートマラソンランナーとは比べるべくもないし、市民ランナーとしても初級と中級の間くらいのレベルだろうけれど、僕にしてはよく走ったと思う。

 それだけ走ると、やはりそれなりの影響がブーメランのように自分に返ってくる。何よりも顕著なのは、よく言われる通り、減量効果である。週3回以上走るようになってから目に見えて体重が落ちていった。それ以前の約10年間、平均すると週2回走ってきたのだが、ほとんどダイエットの足しにはならず、もともと太りやすい体質ということもあって着実かつ確実に腹やあごに脂肪が貯まり、体重が増えてしまった。それを考えると僕にとっては週3回が太るか痩せるかのクリティカルポイントと言えるかもしれない。

 しかし、ランニングの影響は体に対してだけではないんですね。

 実は心にも知らないうちにプラス、マイナスの影響を与えていたようなのだ。まずプラスを言えば、明らかにイライラが減ったと思う。乗ったタクシーが渋滞に巻き込まれても、部下が期待したほどの成果を上げてくれなくても、「仕方ないか」という諦念に近い達観を抱けるようになった。まあ、これが行きすぎるとマイナスに振れてしまうけれど、精神衛生上は悪くない。継続的に運動しているとふだんの生活で副交感神経が活発に働き、リラックスしやすくなると聞いていたのは本当みたいである。

 一方、マイナスの影響について言うと――これをマイナスだと断言できるかどうかは微妙なところもあるのだが、独りでいるのが好きで、マイペース型で、いささか協調性に欠けるところもあるもともとの性格的傾向に拍車がかかってしまった。独りでいるのが以前よりいっそう好きになり、よりマイペース型になった気がする。少し前までは人に好かれたい気持ちを人並みか、あるいはそれ以上に持っていたのに、それもなんだか薄れてしまった感じである。それなりの社会性、社交性はかろうじて残っているけれど、この先、どうなってしまうかちょっと心配である。

 それにしても、なぜこんな傾向が強まってしまったのだろう。つらつら考えるに、ランニングとは僕にとって「完全に自己完結している行為」だからではないだろうか。仕事にしても趣味にしても、だいたいおいて他人が誉めてくれたり喜んでくれたりすることでやりがいや楽しみを見いだすわけだけれど、ランニングについては他人の存在をまったく必要としないで充実感や達成感を味わえるのだ。そんな個人的行為を延々と続けていることで、僕は協調性をさらに失ってしまったのではないだろうか。そして、やがては偏屈になってしまう……?

 でも、だからと言って、僕はランニングに他者の存在を求めくはないんですよね。どこかのランナーズクラブに所属したり、仲間と一緒に走るなんてしたくない。だって他者の視線から自由になり、孤独に自分自身と対話できる喜びを手放すなんて絶対にできないですから。
 
 というわけでこれからもせっせと独りで走ることになりそうですね。足の疲れが取れたら距離を伸ばし、10月には月間300kmを目指そうと思っています。

吉本系フェンシング王子にみたマイナーメジャーのたくましさ(北京五輪雑感2)

 来年3月に開催される野球の国際大会ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)でも、星野仙一氏は日本チームの代表監督を務めるつもりなのだろうか。北京で星野ジャパンを取材した人たちは「雰囲気がよくなかった」と口をそろえており、どうも監督と選手のコミュニケーションにぎくしゃくしたところがあったみたいで、本当に星野監督で大丈夫なのだろうか。報道によれば千葉ロッテマリーンズ監督のボビー・バレンタイン氏が代表監督就任に意欲を見せているそうだし、次はぜひ適任を選んでほしいですね(それでもやはり星野監督しかいないというのなら、それで仕方がないです)。

 それはさておき(どうも野球のことになるとあれこれ書いてしまうんですよね)、先日、野球とはまさに対称的な、国内ではまったく恵まれていないと言っていいスポーツの代表格フェンシングで日本史上初の銀メダルを獲得した太田雄貴さんと番組でご一緒し、食事を一緒にする機会を得た。以前、400mハードルの為末大選手とトークセッションでご一緒したときにも感じたのだが、ふだんあまり注目されることのない「どマイナーなスポーツ」(太田さん談)の選手たちは、本当にいろんなことを考えているし、たくましいと思う。

 ご存知のようにフェンシングにはエペ、サーブル、フルーレの3つの種目がある(エペは体全体が有効面で、手が長く背の高い欧米の選手が有利だと言われる。サーブルは上半身、フルーレは胸や頭、背中など剣で突かれたら致命傷になる場所が有効面)。今回、日本チームは、国内では最も盛んで、もしかしたらメダルが取れるかもしれないフルーレに強化資金を集中的に注ぎ込み北京五輪に臨んだという。

 ところがフルーレの選手たちは次々に敗退してしまう。とうとう太田選手一人が頼みの綱となり、周囲から大変なプレッシャーが降り注いだ。「『太田、お前がメダル取れんかったら、エペやサーブルにあまり資金を割り振らなかった我々は責任取らなあかん。絶対に勝てよ』。もうずっとそんなことを言われ続けるんですよ。ヘッドフォンして耳塞ぎました」「それにしても僕、1点差で勝った試合が2試合もあるんです。まさに紙一重、いま思い返してもぞっとします」

 そんな太田選手だが、北京からの帰路はこれまで通りエコノミーだったという。「コーチのチケットをみたら、なんとビジネスなんです。それですねた顔していたら『雄貴、変わろうか』。僕、本気ですねてしまいましたから『いいです』って断りました」。ただし、これまでの海外遠征と違うのは、成田から京成電鉄の(スカイライナーではなくて)特急を使ってのろのろ帰ってきたのが、自宅近くまでリムジンをつけてくれたこと。「何人かで車に相乗りさせてらったんですが、こんなぜいたくな経験初めてで、本当に嬉しかった」

 ちなみに星野ジャパンの選手たちは全員ビジネスで、北京での宿舎も選手村ではなく三つ星のホテルだった。まあ、それだけお金があるということだけれど、やはり世界と戦ううえではあまりにも恵まれすぎていたのではないか、と言いたくなってしまう(それもこれも負けてしまったからで、勝てばなんとも思わないんですけれどね)。

 「成田を発つときに2人しかいなかった報道関係者が、帰ってきたときには200人に増えていました。取材も殺到して、人生が変わってしまった感じがして…。でも調子に乗らんようにしようと思っています。しょせんは『どマイナーなスポーツ』ですから、地道にやってマイナーメジャーでいこうと」。フェンシング王子というより、吉本系という感じでした。これからも“どマイナー”の強さを発揮し続けてほしいですね。

北京オリンピック雑感その1、日本野球はどうすれば強くなれるか

 野球の星野ジャパン、残念でしたね。22日の準決勝では韓国に2対6で敗れて金、銀メダルの可能性を失い、23日のアメリカとの3位決定戦でも8対4と大敗して銅メダルさえ取れず、まさに「金しかいらない」というキャッチフレーズの通りになってしまった。選手たちはよく頑張ったと思うし、また勝負は時の運だとも言うけれど、北京五輪での最終成績は4勝5敗、準決勝に進出したキューバアメリカ、韓国から1勝もできなかったのはやはり期待はずれというか、情けない結果だといわれても仕方がないと思う。

 星野ジャパンの敗因について、メディアはいろんなことを言っている。合同練習を実質的には5日間しか行わなかった調整不足が原因だとか、予選の韓国戦で打ち込まれた岩瀬投手を準決勝の韓国戦でも投げさせた采配が問題だとか…。まあ、それらの指摘はどれもそれなりに正しいのだろうけれど、要するに自分たちの力を過信していたのではないだろうか。「金しかいらない」だなんて、厳しいかもしれないが身のほどを知らなかったとしか言いようがない。

 加えて必死さにもやや欠けている気がした。オリンピックのために4年間、自らの限界と闘い続けてきたほかの競技の選手たち――それも日の当たらない場所でがんばってきたアマチュアの選手たちのひたむきさに比べると、「オリンピックで勝てなくてもスター選手としての知名度や年俸は安泰だからさ」という本音が――こちらがそのような目で見るせいもあるとはいえ、どうしてもちらついてしまうのだ。


 というわけで、今回は日本のプロ野球をもっと強くするためのごく私的な提言です。野球は次のロンドン五輪では正式種目から外されてしまうけれど、来年3月には大リーグ(MLB)の選手たちも参加する国際大会ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)があり、それまでには少しでも世界と戦えるようになっていてほしいですからね。


 ポイント1 規制緩和
 MLBや韓国の選手たちに比べると、日本人選手がひ弱に感じられてしまうのは、鎖国体制とさえ言える参入障壁に守られているせいではないだろうか。具体的には公式戦では外国人選手の一軍登録は4人までという外国人選手枠の存在である。そのおかげで、日本人選手は3Aや独立リーグに所属する中南米のハングリーでパワーのある選手たちと真正面からぶつからずにすみ、内輪のサークルでの繊細な技術の競い合いに安住できている気がしてならない(自分たちの実力を勘違いしていたのも、そのせいだと思う)。
 それなのでぜひ外国人選手枠を撤廃し、彼らハンバーガーリーグのプレーヤーたちに活躍の場を与えてほしいですね。日本人選手には厳しい刺激になるだろうし、彼らは日本人選手の半分いや3分の1の年俸でも喜んでプレーするに違いないからコストだって下げられるだろう。話はちょっとずれちゃいますが、日本人選手の年俸って、護送船団方式で守られていた銀行の給与水準が常に国際競争にさらされていたメーカーよりも高かったのと一緒で、その実力のわりに高すぎると思います。


 ポイント2 デファクトスタンダードの採用
 いまからでも遅くないのでストライクゾーンや使用しているボールを早急に国際標準に合わせてほしい。日本独特のストライクゾーンや、MLBに比べて飛ぶボールは、世界と戦ううえでマイナスにしかならないと思う。対戦相手のデータ分析にしても、日本のプロ野球って、実はけっこう遅れてしまっているようなので、MLBのアナリストから学んでほしい。


 星野監督は3位決定戦での敗戦の後の記者団とのやりとりで「われわれに力がなかったということ」とコメントしている。ここから再スタートをきってほしいですね。敵を知り、己を知ることが再生への第一歩なのだから。

恥ずかしい!「憮然」の意味、誤解していた――国語には歴史的視点も時に必要だと思う

 皆さんは「憮然」の正しい意味、ご存知ですか。恥ずかしい話だけれど、僕は意味を誤解していて、腹を立てている様子を示す言葉だと思いこんでいた。正しくは失望してぼんやりすること。それを知らずに「カズヒロは憮然とした目でミキを見た」などとシナリオのト書きに書いたりした記憶がある。無知って怖いですね。作家・編集者は本来、言葉のプロでなければいけないのに情けない限りです。


 いきなりなんでこんな自虐的な告白をしたかというと、文化庁が先月下旬に発表した「国語に関する世論調査」の結果が実に興味深く、かつ示唆的だったからである。それによれば語句や慣用句についての誤解や用法の混乱は想像していた以上に幅広く、根深いものだった(人のことを言えないけれど)。

 例えば、本来は意見が出尽くして結論の出る状態になることを指す「煮詰まる」を、議論が行き詰まってしまった状態だと誤解している割合は20代で69.5%、39代で73.0%に達したという。
 また、話の要点や音楽の聞かせどころを示す「さわり」を、話や音楽の最初の部分だと勘違いしている人の割合は全年代の55.0%を占め、僕も誤解していた憮然についても、腹を立てている様子だと思いこんでいる人は全体で70.8%もいた。全年代を通して3割しか正しい意味を知らなかったというのは(いささか自分のことを棚に上げているきらいがないではないけれど)、ちょっと異常な感じがする。


 こうした誤解や混乱にはさまざまな要因が絡み合っているのだろう。もともと日本語が難しいということもあるかもしれない。それを踏まえつつも僕があえていいたいのは、国語の授業などで、もっと歴史的な観点を踏まえて言葉の使い方を教えたらいいのにということである。いや……歴史的な観点というとちょっと大げさですね。要するにその言葉が生まれた経緯を知ることができれば、誤解や混乱はかなりの程度、改善できるのではないかということです。

 例えば「さわり」は浄瑠璃用語に由来する。義太夫節浄瑠璃のなかに取り入れた、義太夫節以外の流派の聞かせどころを言い、他の流派に触る(さわる)ことを語源としている。それが浄瑠璃のいちばんの聞かせどころを指す言葉として用法が広がり、やがて物語や話の要点などにも使われるようになっていった(『暮らしのことば 語源辞典』山口佳紀編 講談社刊を参照)。

 ……って、ちょっと偉そうでしたね。僕自身、人のことを言えないのだ。もっともっと言葉について勉強しないと。それはそうと『暮らしのことば 語源辞典』は面白いですよ。なぜバカ貝のむき身を青やぎというのか、なぜ酒飲みの人を左党と言うのか、目から鱗が“取れる”じゃない“落ちます”。ちょっと(というかかなり)重いけれど、旅行に携えていくのもいいかもしれない。


p.s.
コメントをいただいた皆さん、本当にありがとうございました。僕の日記についてのご感想やご意見、とても励みになります。ブログにもだいぶ慣れてきたので、これからはもう少し、アップする頻度を上げようかなと思っています。
 

おもしろいおじさんたちはどこに行った――夏の夕暮れ時、神宮球場で飲むビールって…

 いきなりとっぴなことを言い出しますが、最近、おもしろいおじさんを見なくなってしまったと思いませんか。

 おもしろいおじさんというのは、例えばアホなことを言って子供たちを笑わせてくれる親戚の叔父さんとか、いつもなんだか嬉しそうな顔をして商店街のお店を冷やかして回り、飲み屋ではけっこう人気者だったりするしもた屋の親父さんといった、いわゆる勝ち組でもエリートでもないけれど、おもしろおかしく幸せそうに生きているおとなたちのことである。

 みんなが知っている人を挙げれば、映画『男はつらいよ』のフーテンの寅こと車寅次郎なんてそんな感じですよね。寅さん本人にしてみれば「毎度毎度かなわぬ恋心をマドンナに抱くのもつらいものよ」と言いたくなるかもしれない。でも端で見ているとやはり楽しそうである(若者による通り魔的な殺傷事件や父母殺人が最近増えている理由の1つに、おもしろいおじさんが周りにいなくなってしまったこともあるのではないだろうか。社会的に成功しなくだって裕福にならなくたっておとなになるのはそれなりに楽しいことなんだと納得させてくれる人がいないのは、若者にとってかなりきついことだと思う)。

 とういうわけで、おもしろいおじさんをしばらく見ないなと思っていたら、なんとこれがいたんですね。どこにいたかというと、神宮球場です。東京ヤクルトスワローズ横浜ベイスターズ――すでに消化試合と言いたくなるような地味なカードに駆けつけ、史上最低レベルの勝率で最下位に低迷する横浜ベイスターズを熱心に応援する人たち(僕もその1人)のなかに何人もいたのだ。


 よく晴れた土曜日の夕刻、神宮球場の三塁側内野席には観客はまばらだった。僕は妻とともに、ベイスターズの選手たちによる試合開始直前のゆるーい練習を眺めながらビールを飲んでいた。さわやかな風がときおり頬を撫で、センターポールに掲たペナントを揺らす。

 やがて観客席が少しずつ埋まり始めた。Tシャツに「目指せ日本一」と染め抜いた五十代とおぼしき太ったおじさん、ベイスターズのユニフォームを着た年齢不詳のおじさん、なぜかメガホンを二つも三つも持ったはっぴ姿のご老人……休日だから当然だが、みんなすごく暇そうである。

 午後6時、プレイボール。ベイスターズがいきなり得点をたたき出し白熱した展開となったが、試合それ自体よりもディープなおじさんたちの野次や応援の声に引き込まれてしまった。

 ベテランの佐伯貴弘選手が打席に入ると「俺のサエキー!」「俺のサエキー!」と合唱する。むくつけきおじさんたちに「俺のサエキー」などと言われたら、佐伯選手だって怯んでしまうのではないかと思うけれど、この合唱にはけっこう笑えた。中盤、ホームランダービーで上位につけている藤田一也選手が打席に入ったときには「フジター、俺にホームランを見せてくれ」と1人が言ったとたん、「俺にもホームランを見せてくれ」「俺にもだあ」と後に続く。これもなんだかおかしい。そしてベイスターズが得点するとこれ以上の喜びはないとばかりに飛び上がり、手を叩き、満足げにビールを飲みながらたこ焼きなどをつつくのだ。本当に楽しそうで、幸せそうで、僕が子供のころに接したおもしろいおじさんたちをまさにほうふつとさせる。でもこの人たちはふだんはいったいどこでなにをしているのだろう。


 それはそれとして、神宮球場っていいですね。建物にはそれなりに趣があるし、オープンエアの解放感がうれしいし、なによりもビールがおいしい(それに比べると屋根のある東京ドームって息苦しい感じがしませんか)。というわけでこの夏、またプロ野球観戦に出かけようと思います。それもできる限り消化試合っぽい地味なカードを選んで。

吉本隆明さんとの至福の3時間――内省の言葉(自分との対話)はいまとりわけ大切だと思う

 7月19日の土曜日、冷房にやられてしまったらしくのどがいがらっぽいのだが、昼過ぎにいそいそと外出し、三軒茶屋にある昭和女子大学人見記念講堂を目指す。今日は待ちに待った吉本隆明さんの講演会「『ほぼ日』10周年記念企画 芸術言語論 ――沈黙から芸術まで――」なのだ。

 吉本隆明さんについて、いまさら紹介するまでもないだろう。間違いなく戦後を代表する知識人――詩人・評論家・思想家のお1人であり、こういう言い方はあるいは語弊があるかもしれないが、本質的な意味における最も良質なリベラリストだと思う。ふりかえれば僕は折に触れて吉本さんの著作をひもといてきたんですよね。とくに10代末から20代半ばにかけて、いろいろあって精神的に参っていたときには、『言語にとって美とはなにかⅠ Ⅱ』のような言葉や文学作品を扱った吉本さんの著作がさながら心の杖のように僕の足取りを支えてくれた覚えがある。

 午後2時10分、車いすの吉本さんが登壇される。その声には張りがあり、言葉づかいはああ、やっぱりリューメイだ。そして講演の内容も実にスリリングだった。吉本さんの数十年間にわたる思想的営々なかでも言葉や文学作品の意味と価値についての考察がどのようなモチーフに貫かれていたのか、自らの言葉で語ってくれたのだ。

 ――すぐる戦争中、徹底的に戦争を継続すべきだという激しい考えを抱いていた吉本さんは、勤労動員で富山県魚津市の日本カーバイドの工場にいたとき玉音放送を聞き敗戦を知る。茫然とした吉本さんは寮に帰り、独り泣いたという。やがて世界を総体として知る思想的方法をまったく知らなかったことに気づき、「これがわからないければ生きているかいはない」と、5〜6年間アダム・スミスからカール・マルクスに至る古典派経済学について徹底的に勉強する。そして勉強によって獲得した世界を知る方法論と、もともと持っていた文学的素養を結びつけ、吉本さんならではの思想的・批評的取り組みを開始する。

 言葉が持っている本質的な特性をその発生に立ち返って把握し、言葉による文学作品の価値をとらえようとした『言語にとって美とはなにか』、私たちはなぜ国家というものを持ってしまったのか、その成り立ちを共同的な幻想(観念)の発展過程としてとらえようとした『共同幻想論』……。若いころに夢中になって読んだ代表的著作がどのような内発的動機によって生まれたのか、力強く語るその言葉を聞いて僕は不覚にも涙がこぼれそうになってしまった。

 午後5時すぎ、講演が終了。あっという間の3時間で、掛け値なしにすばらしい体験だった。だってあの吉本さんと同じ時間、同じ空間を共有できたのだから、これはやはり人生における貴重な幸運ですよね。以前、糸井重里さんとトークセッションでご一緒させていただいたとき、吉本さんの講演集の刊行や講演会の企画を本当に大事に考えておられる様子だった。その糸井さんのお気持ちが手に取るようにわかるイベントだったと思う。

 というわけで、数ある吉本さんの著作の中から、恐れ多くも、あえて3冊を推薦いたします。


『言語にとって美とはなにか』
 言葉って不思議ですよね。ある言葉がなぜか無闇に心にしみたりする一方で、数千年にわたる人類の文化的営み通してコミュニケーションの道具として高度に洗練されてきたはずなのに、しばしば「言いたいことをうまく伝えられない」「気持ちとは別のことを言ってしまった」というコミュニケーションの問題に直面してしまう。そんな言葉の不思議さを言葉が生まれた場所にまで立ち返って分析し、言葉がなぜ人を感動させるのかを解き明かそうとした吉本さんの代表作です。角川ソフィア文庫から刊行されています。


共同幻想論
 はっきり言って難解です。僕はこれまでに3回読んだけれど、理解できないくだりはいまだに少なくないし、また、恐れを知らずに言えば論理的に矛盾しているところもある気がします。でも私的な個人の観念領域(私的幻想)と、夫婦など対になった人たちの観念領域(対幻想)と、共同体の観念領域(共同幻想)とは位相が違うのだという論の設定には目から鱗が何枚も落ちましたね。こちらも角川ソフィア文庫から出ています。


CD&BOOK『吉本隆明の声と言葉。 その講演を立ち聞きする74分』(HOBONICHI BOOK)
 講演会場で購入し、帰宅後さっそく聞きました。面白いですね。吉本さんの講演録からさまざまな言葉を抜き出して構成したCDで、こういう吉本さんの読み方もあるんだなと思いました。